2013年4月21日 (日曜日)

新作のお知らせ:閃き(ひらめき) [2010-2013]

ひさしぶりの更新になります。

ここ数年、霧のある風景に心を惹かれていたのですが、そこから少しシフトしつつあります。霧のイメージは脱力的で、まやかしとでもいうか、幻想的に撮ることは難しく、撮影できる機会も稀で一瞬しかありません。撮影の時もなんだか妙な心持ちです。

ウェブサイトを作ってから10年が経ち、ウェブベースで作品を作ってきてようやく経験則から自分の撮影スタイルやらコツや勘のようなものが積み上がってきました。アナログ撮影の面白いところは無駄や失敗なのですが、今では無駄や失敗も少なくなり、撮影に入る前から撮りたい感じがはっきりしてきています。ようやくここからがはじまりです。より世界観のある自分らしい作品を撮れるように、まずは霧の中から出て、大地に足のついた写真を撮る方向に行きたいと思っています。

  新作:閃き(ひらめき) [2010 - 2013]

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2012年12月 1日 (土曜日)

Homage to Mr. Walt Disney at the Tokyo Disney Sea Resort

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2012年10月 7日 (日曜日)

雨、曇、ブラームス

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幻の橋、タウシュベツ橋を見に北海道旅行を計画したのだったが、雨男を自認している自分としては案の定というべきか、連日の雨に見舞われ終いには台風まで来てしまい、去年に引き続き撮影旅行はほぼ全日程で雨という結果だった。おかげでここのところの作品は、霧っぽいもの、ジトッと湿っぽい感じで静けさのある風景ばかりとなっている。トドメは、幻の橋は幻の橋のまま湖の下に沈んでおり見れずしまいだった。

10年以上も前からの事だが、どんより雲から太陽の光が射すと、なぜかブラームスの交響曲1番を連想する。勝手にあの和音の分厚い音が頭の中で鳴りだすのだ。バイオリンの風が吹き、アルプスホルンが辺りの空気を雄大に一転させ、雲の切れ間から堂々とした太陽の光が降り注ぐ。そんな光景をブラームスのファンは皆、音楽を聴きながら連想しているのではあるまいか? 同じような光景はベートーベンの最後のピアノソナタ32番の最終楽章の終わりでアルペジョが演奏されるあたりでも見られる。こうした風景は、長年自分だけの光景として想像してきたものではあるが、実際には無音で言葉もない自分独りの世界で、自然の中では一瞬であるような一場面を目の当たりにすると、時代も年齢も異なる大作曲家たちが言葉ではなく音で表現された世界と繋がるような妄想を抱くのである。

それにしても連日の雨には気が滅入る。少しぐらい透き通った空気の中でスカっと抜けた写真を撮らせてくれまいか?と思うものだが、お天道様はそうさせたくないらしい。それでも、今回の旅の最後に、夕日の太陽が雲の裂け目から神々しい光を放っていた。

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2012年8月12日 (日曜日)

Ocean, and mountain

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夏になると海がみたくなるものですね。「海をみる」っていう言葉からは、水平線をみたり、風を感じたり、澄んだ空気を感じたり、波の音に耳をすませたり、砂浜をサクサクと歩いたり、とかそういうの全部をまとめた感覚を思い出します。その感覚を求めて海に見にいきたくなる。

いっぽうで、「山を登る」っていうのは、「海をみる」のとちょっと違ったものがあります。苦しいのはわかっているのだけど苦しさのことは忘れていて、とにかく山を登って、緑や光や空気を感じつつ、自然と一体になるかのような体験をしたい、という感覚を求めて山に登りたくなるんですね。

夏は、海にも山にも行きたくなります。海もみれて山も登れたらいいなとも思うけど、そんなとこなかなかないよな〜。 (写真はバルセロナでロープウェイに乗って登ったモンジュイックの丘にあるお城からみた海。天気が悪かったけど、それでも素晴らしかった。)

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2012年8月 2日 (木曜日)

La Sagrada Familia

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ガウディにはびっくりした。想像以上にびっくりした。建築、アート、宗教、街おこしとかの枠にはめることができない。ガウディって体験するものであり、体験しないとわからない体験そのもの。バルセロナに訪れる前にいつかは行きたいなと思ってた時の自分と、今になってぼんやりあれはなんだったんだろな?と改めて感じとってみる自分とは何かが変わったようにも感じる。そうとしか言い表せない。

ガウディ体験以前は、そのうち完成に近づくみたいだからある程度完成してから見てみたいな〜とか勝手なお気楽な感じで思っていたのだが、いざ観たら何度でもみにいきたいなあと思った。それはバルセロナという街が予想以上に肌にあったというか、西洋文化圏でも違和感がないというか、気持ちの良い街だったからでもある。

一部の人は、2024年にはサグラダファミリアを完成させると言っているようだ。政治や権力的なこともいろいろとあるのかもしれない。でもガウディを体験するとわかるが、おそらくガウディは完成しようがしまいが気にしないのではないか。ガウディは、自分が手にかけたものを自分だけのものとか依頼人のものとかは思っていない。うまく言葉にできないのだが、文化的な家を増やし、街をつくり、世界を作っていこう!というようなポジティブなヴィジョンがある。人々の生活ベースとなる家をつくり、技術や新しいアイデアを磨き、良いものを残して共同社会を作ろうというような思想がある。

だから、サグラダファミリアを永遠に作りつづけるのも人間次第であるし、完成を望むのならそれも人間次第。でも、ガウディの思想は建築家に限らず人間ひとりひとりにあってよいものだ。その思想は死をも超えて、人間から人間へ、世代から世代へ伝わっていく。

ぼくにとってのガウディは、そのような”体験”だった。

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