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2007年1月14日 (日曜日)

グレートギャツビー

この本を語るにあたって、その内容そのものについて書いてい

る方があまりにも少ないので(ネタバレを避ける為なんでしょ

うけどね)自分の考えを書いてみようかと思いました。    





グレートギャツビーが村上春樹訳で話題になっていたので読ん

でみた。読みやすかった。他の訳者との翻訳を比べてみると

読みやすい。でも原文を読むと主人公であるニックは、頭でっ

かちな知的な30代という感じがする。つまり、フィッツジェラ

ルドはとても古風な文体を取っているわけで、当然知識層以外

を対象とした文体を取ったとは思えないのです。だから、内容

も難しい。そして、文体だけがこの作品の評価対象となり、み

んな文体の事しか話さない。おいおい、それでいいのかよ?と

乱暴ながらに考えてしまう。 名作とは言え限られた観念をもつ

人間だけを対象に書かれた印象さえしてしまう。



しかし村上訳はすんなりと読めるので、新たなニック像がうま

れ、オリジナルのニック像とは少し違う感じにはなっているが

その分、この本の物語が示唆するドス暗いものを浮き彫りにし

ている気がするのである。だからこそ、村上春樹がこの本を世

界文学の何よりも最高傑作と断言している気がする。



この本は、男女という世界で一番小さいユニットがどういう世

界を作るか?どういう世界感を持って回りの世界が動くか、と

いう日常を大げさではあるが浮き彫りにしている。幸せな結婚

ではない人々がどういう風に回りの人々を影響を与えてしまう

か?それが、偉大なるギャツビーという人物から浮き彫りにさ

れる。ギャツビーはさながら悲劇のピエロなのである。ただ、

その裏に示唆されるテーマを考えると、主人公はニックでも

ギャツビーではなく、この物語で重要なキーとなっている女性

たちの心情があまり描かれていないのが残念に思う。



個人的な感想を言うと、ぼくはギャツビーという人間に共感す

る事もできなかったし、美しい描写で物語を語るニックにもそ

れほど感情移入できなかった。まるで悪い夢でも見ているかの

ように、そこで暗示された予感が、ごく当たり前のように悪い

方へと向かうような、そんな物語に感じた。ただ、こうした物

語が本当に功名に進んで行く感じが末恐ろしいというか、今ま

でにないような「体験」だった。そうした希有な体験からすれ

ば、この作品は傑作である事は間違えないと思ったし、繰り返

し読む程の面白さがあるのだろう、と思えた。



本を読み終えてテーマを決めて、それについて話すのが人生に

とって有意義な事であって、これから世界をつくってゆく人間

がこうした名作からそうした事を軽くでもいいから話さなけれ

ば、名作を読む価値なんてあるんだろうか?



なんだかパラドックス的だけど、そんなふうに語るのは、自分

という人間が主人公のニックのような頭でっかちな人間なんだ

ろうと思ってしまう。。。そうすると、ニックに共感する事は

然程悪いことではないのだが、直感的に言えば、ぼくはそうし

た自分が好きではないし、村上春樹がまわりくどい長い描写を

するのも好きではないのです。言わば、今回この作品を読んで

みてわかったのは、自分が好きではない村上春樹の一面は、こ

のフィッツジェラルドの文体から来ていたんだな、と思った。

あとがきのまわりくどい文章も楽しむ事ができなかったのが、

本音です。



というわけで、すっきりしない小説、、、というのが第一印象

でした。どこか救いの部分もあるかもしれないので、繰り返し

読んでみたい気もしますが、しばらくは時間をおこうか、と。

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