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2008年11月 2日 (日曜日)

私情至上最高の画家-俵屋宗達

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 上野で琳派展、見てきました。以前から、琳派は好きで、写真を撮る上でも多大なインスピレーションを与えてくれる対象でもあり、日本美術史上いちばん脂がのっている時代への尊敬と憧れの対象でもあり、デザイン的な遊び心も世界の芸術にはあまり見かけないものでもあり、誇りと伝統のような存在でした。が、そのぼくが持っていた琳派の印象を覆す体験をしました。

 元々、琳派は俵屋宗達という人が始まり、と言われているのですが、
 この人だけ、やってる事がちがーーーーーうっ!

 100年以上たってから尾形光琳とかがでてくるんですが、あの凄いと思ってた光琳の上を行っていると思いました。雲の上のようなレベル! あの光琳でさえ!

 その1:筆使いの描写、筆塗りの手法、構図、形と線のデザイン性、
     その全てにおいて、全く手をぬくことがないのが宗達。
     線や形、その存在で遊びができてしまうのが光琳。もしくは
     光琳以降の琳派画家。

 その2:光琳以降の画家は、宗達のスタイルを踏襲しているように
     見えるが、”実は誰もその才能に届かなかった”というのが
     事実に近いように思えた。

 その3:その証拠に、一番、宗達に近づいたのは、酒井抱一だと思える
     が、抱一のスタイルの頃にはもう琳派のスタイルが確立してし
     まっており、デザイン性が際立つものとなり、この遊びがむし
     ろその後の日本画をフラットに、味気のないものに変貌させて
     行ってしまう気がした。

 宗達の何が凄いかと言うと、これほど、絵を目の前にして、本物の自然を見ているような、自分の中の自然と魂を通わせてしまうような絵と、その熟練した技術をもった画家は西洋美術の画家を含めていないように思う。あのセザンヌやゴーギャンでさえ、ここまで自然を体現できていなかったように感じた。それほど凄いのだ。宗達の技術と心は。
 
 技術に関していえば、雪舟も凄いし、宗達の上を行っているかもしれないが、自然そのもの、自然をここまで技術と共に絵として昇華しているのが、この人、俵屋宗達だった。凄い出会いだった。久しぶりに本物の中の本物を見た気がしました。

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