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2010年3月17日 (水曜日)

等伯に会い、利休を想う。

Rikyu_2

 先週は上野に行ってきた。 いつもながら、国立博物館のキュレーターは凄い。並びも考えられてるし、当然ながら展示も素晴らしいと思う。あと毎回驚くけど、たくさんの人が大声で文句も言わずにお金払って芸術を鑑賞する日本人って偉いと思う。当たり前っちゃ当たり前なのだが、こんな国民なかなかいないと思う。

 歴史をたどれば、等伯の生涯は利休と同じで、武士との血なまぐさい関係があったように思う。下手をすればつぶされるし、うまくいっても何かと制約がかかってくる。円熟期を迎えた頃に、跡継ぎである息子を無くし、等伯の脳裏をよぎるのは北雪国の故郷だった、というのが通説。

 見事に白い。何もない。禅のいう無がある。晩年の水墨画の世界は若い頃とは別人のようだった。何もないところに屏風そのものの絹目や汚れ?が見え、もやがかった霧が効果的に存在する。空間は白をつくり、白が空間を支配する。黒は究極まで削ぎ落とされ、シンプルに、そして”侘び”ている。そこには利休の影響が間違いなくあった。無駄がなく、必要最低限の筆跡にまで到達していたように思う。その独特な間とセンス、コントラストの付け方に等伯の天才性があった。自分でも自信があったのだろう。系譜に”雪舟から5代目”と書き込んだらしい。

 松林図は素晴らしかった。けど、よくわからなかった。なんで不可解だったかというと、等伯の天賦であった”間”そのものにある。近づいたり、離れてみたけれど、白がうまく支配していない。どこか松林とのバランスに欠けているように見えた。。。だが、離れてみても画面高さ三分の一ぐらいは人込みで見えないので、贅沢に独りで鑑賞する事ができたら、全体が見え、感じるものが違ってくるだろうな、と思えた。どこか晩年のテーマである霧がその何もない空間に”見えてこない”ように感じた。

 あと嬉しかったのは、利休の肖像屏風が見れたこと。あとで図録を読んでわかった事だけど、利休の死後5年たってから、等伯が描いた肖像画だったということ。生前の利休をスケッチで描きとめていたらしく、おそらく秀吉が少々弱ってきたところで後世に残す為に描いたのかな?とか勝手に妄想した。笑 凛としていて、厳しそうで、でも融通も効きそうな利休の肖像画。見ていて心から楽しかった。

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コメント

>次は山下さんの展示に期待しております!

 どうもありがとう。がんばります。

投稿: hiroyamashita | 2010年3月26日 (金曜日) 00:05

先日は個展に来ていただいてありがとうございました。
今回は自分の思い描いていた理想通りの
空間になりました。見て頂けてよかったです。

次は山下さんの展示に期待しております!

投稿: 一央里 | 2010年3月22日 (月曜日) 22:59

 一央里さん

 先日はお会い出来てよかったです。
 Monkeyの時も良かったですが、あのギャラリーの空間はより
 一央里さんの空間になっていたと、今、じわじわ感じてます。

 等伯はよかったですね。後半の部屋、白、白、白。。。
 なんだか等伯の寂寥感みたいのが、ひしひし感じられて
 感動的でした。涅槃図の優しさはなんちゅうか、パーフェクト
 ですよね。言葉にすると陳腐ですが、奇跡的な構図でした。
 
 

投稿: hiroyamashita | 2010年3月20日 (土曜日) 13:20

等伯展行かれたのですね。
私も利休の肖像画にググッと惹きつけられました。
秀吉と対等に向かい合った、並々ならぬ人格が
この絵の中に感じ取れました。スゴイ。

それにしても、涅槃図の大きさと、優しさには参りました・・・。
長年見たかった猿の絵も見れて大満足。
さすが国立!すばらしい展覧会でした☆


投稿: 一央里 | 2010年3月20日 (土曜日) 00:39

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