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2011年5月15日 (日曜日)

あたらしい考えを持って

携帯電話を持ち始めてからずぅーと浮気せずにひとつの携帯会社を利用してきたのですが、積み上げてきた特典やら全てを捨てて、4月からiPhoneに変更しました。以前からMacフレンドリーユーザーだったので、ユーザビリティにしろ機能にしろ全てにおいて満足しているのですが、以前の携帯電話ではネットはまったく利用しない人だったので、スマートフォンへ移行してからは驚きの連続でした。

チュニジアやエジプトで生じた人々の運動がiPhone等のネットコミュニティから生じたものであったのなら、それはそれで素晴らしいことに思いますが、社会にそうしたネットを利用したシステムが導入されるのはまだまだ先のようにも感じます。おそらく、その善し悪しや実行は、ぼくよりも後々の世代に委ねられるでしょう。個人的には、ぼくが生きている間に、デジタルツールが有益な道具として、20世紀から受け継いできた悪いところを見つめ直すために利用されればいいと期待していますが、それすらもどこまで実現されるかはわかりません。また過去の歴史のおいても、新たなシステムも便利な道具も、使いこなされ、消化される頃にはまた新たな問題がでてくるものです。

人類が繋がり合い、助け合うためには、あまりに多くの歴史やシステムを通過しなければならないのに、二千年以上の時間を経過しても尚、人々はそんなに優れた知恵や経験の多くを共有しているとも思えません。すぐ近所に住んでいる筈のおじいちゃん、おばあちゃんの生き様や知恵さえ、その人のまわりの何人が受け継いでいるのかわからない程度の、非常に弱々しい情報伝達力だと思います。そして、ぼくが生きている間には、どこまで何を次の世代に伝えられるのか、残せるのか、そんなことを考えるようになりました。

日本人は自然と共に生きる術を育んできた民族と信じてきましたが、現在、既に土も海も空気ももともと自然界にない物質で汚されています。今回の大災害についても、電気を使いこなし、発展してきた社会を見つめ直す必要があると言えます。健康に害がないと専門家や推進派が熱弁しても、長年愛した土地へ帰れなくなった人々がいて、汚された自然が日本にできてしまったのは”恥ずべき事”です。いますぐ全てを消し去り回復することが叶わないのならば、少しずつでも今までの考えを間違えとして見直し、その上で次の新しい考えを展開させていくことが、当然ながら必要です。確かに、意見を言うのはたやすいという批判や反対意見はあると思いますが、まずは意見がでてから新しい計画がうまれ、その実現への展開が生まれます。全てが否定され批判され、衝突してしまう場合もありますが、今、ここから立ち上がるには、衝突してばかりいられないという事も鮮明になってくる筈です。必要なのは、できるだけ多くの人が賛同できる新しい前向きな力なんだと思います。後の世代が相変わらず20世紀の負の遺産に悩まされるような力は、新しくも前向きでもありません。

ぼく自身、何をどこまでできるのかわかりませんが、今後、過去を反省した前向きな発想が生まれ、その新しい力と共になれるように生きていきたいと思っています。

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